先锋书店にて。手前の区画に上野千鶴子の著作が並んでいる。奥の壁には訪問者が各々の旅の記録や買った本について書いたはがきを吊るす場所があり、びっしりとはがきで埋め尽くされている。上海から足を伸ばしたと書いてあるものが多い(どれも達筆であった!)が、観光地化した本屋ならではかもしれない。
本棚を覗くのはその人の頭の中を覗くのに似ている。というのは私の持論だが、我々の班は「南京の人々の頭の中」を覗くために、4日間8店舗を巡り、そのうちの2店舗に密着した。「先锋书店(パイオニア書店)」という南京を代表する書店と、南京大学近くにある小さな古本屋である。
品揃えからまず見えてきたのは、驚くほど多くの日本の本が並べられていること、しかもそれが非常に目立つ位置に置かれていることである。例えば南京市の中心部に近い先锋书店。入り口を入って最も多くの人が写真を撮りに集まっている区画(先锋书店はその洗練された内装によって一つの観光地と化している)の中央には、夏目漱石、芥川龍之介を始めとした明治の文豪たち、三島由紀夫、中国の若者の間で最も人気があるという村上春樹といった「まああってもおかしくないかも」と思えるような作家だけでなく、梶井基次郎、谷川俊太郎、小川洋子といったややマイナーな作家/詩人たちや、さらには稲垣足穂、岡本かの子といった、もはや知らない日本人の方が多いのではないかと思われるような作家たちの作品すら所狭しと並べられている。
売れるから目立つ位置に置くのである。中国の知識人の日本への関心の高さが窺えるのではないだろうか。テレビや新聞では盛んに日中関係の悪化が報じられるが、少なくとも書店には多くの日本の本が並んでいる。南京といえば南京大虐殺を思い浮かべる日本人は多いだろうし、また実際に休日の虐殺記念館は1週間前に予約しないと入れないほどの混雑ぶりであったが、その南京においても文学を入り口として日本を知ろうとする人は少なからずいるのだ。翻って日本はどうだろうか。日本の書店で、あるいは自宅でも、中国の本を最近手に取った記憶のある人がどれだけいるか。そもそも書店の目立つ位置に中国の作家、例えば魯迅やノーベル文学賞作家の莫言が並んだのを見たことがある人はいるだろうか。
さらに驚いたのは上野千鶴子の著作の多さだ。フェミニズム関係の本を扱った平積みの区画には(こちらはさらに目立つところにある)ざっと数えただけで10冊ほどの本が並んでいた。班員の南京大生によると、2019年の東大の入学式での有名な式辞が中国でSNSを中心に「バズ」り、今や彼女の名前を知らない若者はいないという。
上野千鶴子の本をきっかけに、班員と恋愛や進路についての話をした。1人は「高校・大学と寮で過ごし、朝7時から夜12時まで勉強づけ。親や先生から恋愛も受験の邪魔になるからと禁止され、交際がばれたら親と一緒に呼び出されて別れるまで監視がついた。大学院を卒業するまでは勉強して、卒業後はすぐに結婚するのが親の願いだが、私は子供がほしくない。育てられる自信もないし、働きながら育てることは無理だと思う。でも子供を産みたくないと親に打ち明けるのは怖くてできない」と語っていた。国は違えど苦しみは同じである。
先锋書店が全ての店舗の入り口に掲げる格言がある。中国語で「大地上的异乡者」、英語なら“A stranger on the earth”、异乡者にもstrangerにも、「よそもの」「見知らぬ人」「新来者」「旅人」「旅鴉」といった意味がある。班員によれば、我々は皆地上で彷徨う旅人で、道に迷うこともあるが、そんなとき書店が、あるいは本が先锋(パイオニア)となって導いてくれるのだ、という意味だという。文字通り南京で「异乡者」として書店を訪ねたが、思いがけず文学を通じた活発な日中の交流を目の当たりにし、また、国の枠組みを越えて我々若者が抱える悩みに出会うことにもなった。書店は本当に先锋だったのである。
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