千年の響き♪ 秋の唐楽器コンサート
10/12は土曜日のお昼過ぎ、日中友好会館で開かれた「千年の響き♪ 秋の唐楽器コンサート」に足を運んだ。同じ建物内の美術館では「長安・夜の宴 〜唐王朝の衣食住展〜 」として、唐代の伝統装束が展示されており、現代のファッションとは異なるエキゾチックな色彩に目を奪われた。演奏が行われるホールは満席だった。全体を眺めてみると、多くのご年配の方の姿が見えたが、若者や家族に連れられた幼い子どももおり、一部の人は中国の伝統衣装「漢服」を着ていたことも印象的だった。私は、会場後部から立ち見することにした。
演奏に先立ち、楽団によるファッションショーが行われた。唐代の衣装を身に纏い優雅に練り歩く様子は、さながら長安の都からタイムスリップしてきたようであった。あまりのクオリティの高さに観客からは思わずため息が漏れた。果たしてどのような音楽を奏でてくれるのか、その場に大きな期待が高まるのを感じた。
演奏は全7曲行われた。いずれも古代中国王朝の文化や風俗にルーツがあり、その成り立ちにはロマンを感じる。例えば、“酒狂”という曲は、中国三国時代末期に竹林の七賢の1人である阮籍が作ったとされ、天下の不正を嘆き、酒に憂さを晴らすしかすべがない自分自身の姿を描写したと伝えられている。
また、いずれの曲にも欠かせないのが七絃琴の存在だ。
全曲において主旋律を奏でており、その音色には張りがありながらも切ない余韻を残す柔らかさを併せ持つ。そこに歌や簫(しょう)という笛、鈴などが加わることでより深みが生まれ、非常に上品で心地よい音楽を生み出す。一方、エキゾチックで早い、西域をイメージした曲もあった。他の聴衆も心打たれたのか、一曲が終わるたびに満天の拍手が会場を揺らした。
莊不周さんへのインタビュー
今回インタビューに応じてくださったのは、楽団“大阪七絃琴館”の代表であり、七絃琴奏者でもある“莊不周”さん(写真右)である。大阪七絃琴館は中国古典文化の普及を目指し、演奏会や漢服ショーなど様々なイベントを企画している団体だ。
そこには、舞台に立つ以上衣装を含めた全てが作品であり、見た目でも楽しんでもらいたいという莊さんのポリシーがある。当時の服飾を再現するために、休日には資料や論文を読み解く歴史研究家のような作業もしているらしい。
ここまで、コンサートの様子についてまとめてきたが、やはり気になるのは、異国である日本で中国古典音楽の普及を努めるまでに至る、莊さんの人生だろう。そこには、自分自身が興味を持ったことに対して正直である、莊さんの人柄が大きく関係していた。
大連に生まれた莊さんは2003年に日本へ留学した。思春期で家を出たかったそうだ。日本に決めた理由は、小田和正のヒット曲“ラブ・ストーリーは突然に”などのサブカルチャーの影響や、外見も近いうえに漢字なら意思疎通も取れるだろうと考えてのことだ。その後は、日本語学校に通い、日本の会社にも入社して働いていたこともあった。
そして、七絃琴を弾く理由についても実に莊さんらしい。まず、歴史に興味があり、その中でも諸葛孔明など好きな人物が琴を弾いているからだそうだ。また、80年代末の香港ドラマでは、琴を武器として使い、なんと衝撃波を出す描写もあるらしい。
そもそも七絃琴という楽器は、古くは貴族の教養的な嗜みであり、中国語で多趣味を表す「琴棋書画」のうち「琴」を司るほど著名な楽器である。現在でも北京大学や清華大学では七絃琴サークルがあり、世界的にはユネスコの文化遺産にも登録され北京五輪でも演奏された。
そのような理由から今から16年前の2008年に七絃琴を弾き始め、2016年からは本業の傍ら主に近所の方に対してその指導もはじめた。そして、2022年からは七絃琴を本業としてその教室を開き、また本格的にさまざまなイベントに参加するようになった。はじめは10人の生徒しかいなかったが、一年で30人近くの生徒まで増えたそうだ。生徒には、古琴に馴染みが深い日本の古典文学を研究する学者さんや、七絃琴が登場する中国ドラマに興味がある人もいる。
私も民族音楽をやっている身だからこそわかるが、この七絃琴という楽器はかなり難しい。絆創膏を巻いた莊さんの指からも、その膨大な練習量がわかる。和琴と異なり、音程を調節する“柱(じ)”がないため、演奏中は片手で絃を押さえる必要があり、狙った音を出すには耳の訓練が欠かせないはずだ。莊さんは毎日2~3時間の練習は欠かさないという。あれほどの技術を持ちながら、いまだに努力を続けるその探究心の深さに感動した。
その苦労の分、魅力も大きい。押さえ手を振るわせることで音の余韻、ビブラートを表現することができるのだ。莊さんは、他にも、味わい深い演奏には侘び寂びを理解する必要があるという。どの曲にも背景や物語があるため、演奏の上達スピードは子どもの方が早いとしても、歴史や文化を経験的に知っている大人のほうが深い演奏をできるそうだ。
まだコンサートのみで利益を生み出すのは難しく、大阪で行ったコンサートはいずれも赤字だったらしい。それは、衣装の準備など観客を楽しませるための気配りあってのことだった。莊さん自身も演奏直後で疲労困憊である中で、インタビューに快く応じてくださった。今回の演奏が東京初公演とのことだが、観覧は無料であった。莊さんのインタビューを通して、彼の心はあまりにも深かったと実感した。
【取材協力・写真提供】大阪七絃琴館 莊不周さん
【文責】棚澤俊介
【編集】多田太良
