①湖南、湘菜、お店。
”湖南”という地名を聞いたことがありますか?読み方はコナン、そうあの名探偵と同じ、、なんて冗談はさておき湖南は中国大陸の中南部に位置する一地方です。有名な長江の中流南部に位置しており、中国大陸で二番目に大きい湖の南に位置することから湖南と呼ばれるようになりました。
中国大陸南方ではよく聞く話ですが、湖南は山が多く村々の関係が没交渉的であったりした地域も多いことから数多くの言語や民族文化、料理が発達してきました。今回お伺いしたお店のオーナーも湖南の出身ですが、田舎で30分運転するともうその地域の方言が「听不懂(聞いてもわからない)」なぐらいだと形容されていました。
さて本題に入りますが、今回は高田馬場で美味しい湖南料理を食べたというメンバーから情報を聞き出し、「本格湖南料理 李厨 高田馬場店」へお邪魔することにしました。湖南料理と言ってももちろん湖南の中の地方ごとに味付けや料理そのものが異なったりしますが、一般に中国八大料理の一つに数えられ、湘菜と呼ばれています。
山がちで多湿な気候から多くの辛い料理が発達してきたこともあり、実は「四川人不怕辣,湖南人怕不辣(四川人は辛さを恐れず、湖南人は辛くないことを恐れる)」と言われるほど辛い料理がポピュラーなんですね!
お店はJR高田馬場駅を出てすぐのさかえ通りに入り、歩くこと1、2分ですぐに着きます。写真の建物の2階に上がっていくとお店があります。
②李澤紅さん
まずお話を聞かせていただいたのは「李厨」のシェフ、李澤紅さん。そう、「李厨」の名前の由来ともなっている方です。とても気さくで情熱に溢れ、インタビューのお願いにも二つ返事で承諾してくださいました!李澤紅さんがどのような人生を歩み、現在どのような思いを抱いて仕事をなさっているのか、聞いてみました。
ーーどのような子供時代を過ごしたのでしょうか
李澤紅さんは湖南の中心都市である長沙市の望城という街出身で、中国で模範的な革命戦士として讃えられる雷鋒と同じ故郷だと言います。1983年生まれの李さんですが、当時中国全土は貧しく、その中でもさらに貧しい農村で子供時代を過ごしました。
足踏みの農具を使って田を耕し、山で薪を集めて火を焚きご飯を作っていたそうです。湖南では入り組んだ地形も多いことから今でもそうした伝統的な農具を使わざるを得ない地域があります。李澤紅さんは今でこそそうした田舎暮らしを懐かしく思うこともあるといいますが、当時はとにかくこの貧窮から抜け出したかったと言います。
「子供の頃は白米を食べるのも精一杯の生活で、アイスクリームをたらふく食べられるようになりたかった。」
そのような環境で育ったこともあり、生活上の必要から料理を自然と身につけるようになった李澤紅さん。それが料理人として生きるきっかけとなり、19歳の頃毛沢東の故居がある長沙市湘潭韶山にて”毛家飯店”1号店の見習いとして本格的な湖南料理の技術を学びながら働き始めました。その後北京、広州、深圳、太原、南京など各地の毛家飯店の支店で仕事をしてきました。
ーー日本に来るきっかけは何だったのでしょうか
実は李澤紅さんの9歳上の実のお兄さん、李志紅さんが2008年より東京で働き始めていたそうです。その時李澤紅さんもお兄さんに一緒に日本に行かないか誘われていましたが、仕事の条件上更に経験が必要とのことで2015年になってようやく来日することになりました。
お兄さんは同じく東京で、湖南料理店「湘遇」のシェフを務めていらっしゃいます。中国語で”相遇xiang・yu”は”運命的出逢い”を意味しますが、湖南料理を意味する湘菜(xiang cai)の湘(xiang)と相(xiang)を置き換えたとても洒落た名前です。兄弟揃って東京でシェフをやっているなんて李兄弟は東京とまさに”相遇”したんですね!
ーー今後ずっと日本で仕事をし続けるのか、将来について聞いてみました
「计划赶不上变化。」(計画しても変化が早すぎて追いつけないよ)
改革開放が唱えられ市場経済が導入された結果、1980年代から現在に至るまで中国は物凄いスピードで発展してきました。李澤紅さんの故郷にも多くの新興住宅地が作られ生活は大きく変わっています。その変化を身をもって体感してきたからこその考えなのかもしれません。
実は李澤紅さん、二児の父でもあります。本来日本で一緒に住むつもりだったご家族はコロナでまだ来られていません。
「子供には日本で教育を受けさせて、日本語を身につけさせるんだ。だって今って外国語を身につけることが当たり前の、そんな時代だよね。」
③劉振軒さん
次にお話を伺えたのはこのお店の創業者であり、オーナーの劉振軒さんです。普段は忙しくあまりお店に来られないとのことですがわざわざお時間を取っていただきインタビューに答えてくださいました!谢谢!
1987年湖南・郴州市生まれの劉振軒さんは、現在東京にお店を多数持つ実業家です。その話ぶりからはやり手のオーラを感じさせるものがありました。
ーー若手起業家の発芽
高校卒業後、長沙の大学に進学した劉振軒さんは勉強が退屈に思え1年で退学し、大学内でタピオカミルクティーの店を開業しました。ここ数年日本でもタピオカ店が人気を博しましたが、中国でも若者の間では大人気で、かなり成功したようです。しかし
「時間が経つにつれてこの仕事も退屈に思えてきた。」
と言う劉振軒さん。
ーー日本での再出発
そこで劉振軒さんは1年半後の2008年、単身福岡へ渡りました。元々ドラえもんなど日本のアニメや漫画に興味があり、当時すでに50音だけは覚えていたそうで、日本の大学に通うべく2年間語学学校へ通った結果、博多ラーメンが大好物になったそうです。
昔から食べることが好きだったオーナー、なんと居酒屋のバイト面接で湖南料理を披露したそう。辛すぎて面接が危ういところでしたがなんとかなったとのこと笑。
その後東京の大学へ通い始め、大学2年生の時に同じく中国の留学生の先輩と居酒屋を起業し、3店舗を持つまでになりましたが、やり手の劉振軒さんはそれでは満足せず、大学卒業と同時に独立しました。そこで「李厨」の前身となる「蜀湘苑」を開業し四川料理と湖南料理を提供し始めます。その後「李厨上野店」、「湘遇」、居酒屋を4店舗、タピオカ店を1店舗と手広く経営を広げてきました。
先ほど紹介した李澤紅さんはお兄さんを通してオーナーと知り合い、「蜀湘苑」はこうして湖南料理専門店「李厨」として再出発したのです。
ーー湘菜に対する思い
劉振軒さんは結婚しているようですがお子さんは..?
「先做事业吧」(まずは事業かな)
とのこと。とことんやりつめるのがオーナーらしいですね。
そのやる気の背景には湖南の人々への思いと湖南料理の未来への期待があります。現在日本には78万人弱の中国の方が留学や仕事などの関係で滞在していますが、その中には湖南の方も相当数います。しかし本場の故郷の味(家乡的味道)を提供してくれるお店は当時東京にはほとんどありませんでした。そこで湖南出身の人が故郷の味をいつでも食べられるようにしたいという思いから「李厨」開業に至ったのです。
また、劉振軒さんには日本の人にも本場の湖南料理を味わって欲しいという思いもありました。将来的には全国に湖南料理のお店を作りたいそうです。それは湖南料理という劉振軒さんのアイデンティティを形成している文化が「走向世界(世界に向かうこと)」でもあり、劉振軒さんの行動力の原動となっているのです。
ーー日本の人へのメッセージをお願いしました!
「いつも麻婆豆腐とかエビチリとか食べてないで、多尝试新鲜的东西!(新しいものにどんどん挑戦しよう!)」
学生の頃から新しいものに、新しい世界に常に挑戦し続けてきた劉振軒さんらしいメッセージですね!確かにエビチリは日本だとポピュラーな中華料理だと思われていますけど、実は日本発祥だったりします笑 筆者もこのメッセージには同意します。色々な風味がありますが食べているうちに慣れて美味しく思えてくるものです!
④食材に対するこだわり、農場
実は「李厨」はできるだけ本場の味に近づけるべく様々な努力をなさっています。なんと何種類もの野菜や筍、更には唐辛子までもを200平米あるお店の畑で育てているのです。日本だと辛さの強い唐辛子は手に入りにくいですもんね。また、そうした唐辛子や筍が香料になるよう独自に調理をしています。
食材に対するこだわりだけでなくオーナーの劉振軒さんは中国の上海などの大都市に年に3、4度も通って調査し、常に料理が最新で良い味が保たれるよう弛まぬ努力をなさっています。
中国語で腊肉(ラーロウ)、腊魚(ラーユゥ)と呼びます。肉は国産の豚肉を、魚はスズキを使っています。
この唐辛子で作った唐辛子ソースをいただきました。ただの辛さだけではない味わい深さがあります。料理に入れれば味が締まりそうです。
この小ささにもなると、あれだけデカくて辛い唐辛子も可愛く思えてきますね。
休日もせっせと食材の調達・準備と余念がない李澤紅さん、料理が美味しいのも納得です。
⑤料理
最後は皆さんお待ちかねの料理の写真です!辛い料理も多いですが、辛さを忘れさせてくれるコクと旨味があります。
こちらは客家の料理ですが、割といろんな地方で食べられている料理で、味の染み込んだ梅菜ととろとろの豚バラが相性抜群です。
国産の豚肉を使った角煮で、脂身の多い見た目に反してとても柔らかく、お腹にももたれません。味もよく染み込んでいて、どこまで噛んでも旨味が味わえます。
燻製筍は「世界の花火の都」と言われる湖南の瀏陽という街で作られているものだそうです。頬張ると辛さの中にちょっとばかし燻製の良い香りが漂い、ご飯をかき込みたくなります。
こちらも激辛の一品です。ピーマンと青唐辛子の見分けがつきませんが、構わずご飯にのせて一気に食べます。味のよく染みた豚肉と辛さがご飯に合い、たまりません。書いていてお腹が空いてきました。
材料のところで紹介した燻製豚肉とスズキ等の詰め合わせです。こちらはあまり辛味もなく、お酒のつまみにちょうど良いです。
⑥お店の情報
本記事で紹介したお店
本格湖南料理 李厨 高田馬場店
李澤紅さんのお兄さんのお店
湖南料理 湘遇tokyo
コロナ禍もあり、飲食店業界はジャンルを問わず大打撃を受けています。中華料理も例外ではありません。特に留学生や仕事で日本に来る中国の方が減ったこともあり、苦境に立たされているお店が多いのです。劉振軒さんも残念ながら3店舗畳むことになってしまったと言います。記事を読んで湖南料理に興味が湧いた方は、応援の気持ちも込めてぜひ足を運んでみてくださいね!