〜日本で学んだ教育理念を韓国へ〜チェ・スンイルさん

人を知る

現在、韓国の慶煕(キョンヒ)大学に交換留学している多田太良です。

みなさんは教育というとどのようなイメージがあるでしょうか?“学校”や“塾”のような教育機関、先生と生徒という関係性、家庭教育など様々なものが思い浮かぶと思います。執筆者である私も教職課程を取っていたことがある関係で何度か教育や教育制度について考える機会もありました。

ただ現状、教育現場では教員の働き方や時代に合った教育内容への改革、社会においては教育の市場化で家庭の財政状況に由来する教育格差の拡大など様々な課題が存在しているのも事実です。

そのような多様な課題がある昨今ですが、私が参加した日韓の青年たちが特定のテーマについて討論するプログラムで韓国の教育の現状に新たな風を吹かせようと取り組んでいる青年に出会いました。名前はチェ・スンイル(崔丞一)さん。現在は慶應義塾大学の総合政策学部に在籍している留学生で、自らの経験を基に韓国の教育システムや進路に対する社会意識について変えることができないか実際に活動しながら模索しているそうです。

今回はそんなスンイルさんのインタビューを通して、教育への捉え方や日本と韓国の教育の違いについて知る貴重な機会を得ました。

問題意識の始まり

多田:どのような経験から韓国の現状の教育システムに疑問をもつようになったのですか?

スンイルさん:「それこそ、私の家庭では両親が”自分の好きなことをしなさい”という感じで自らしたいことを決められる環境でした。そのおかげで学校以外の活動も積極的に取り組む機会があって、たとえばポケモンカードや歴史にのめり込んでいました。ポケモンカードでは、韓国代表として世界大会に3回出場したことがあります。歴史はもともと興味があって、小学4年生のとき韓国史能力検定試験に合格したり、四大門(사대문)*にある遺跡の跡地の印を巡る歴史系のボランティアも5年間したりしていました。」

*漢陽(現在のソウル)を囲む城壁(漢陽都城)の東大門(興仁之門)、西大門(敦義門)、南大門(崇礼門)、北大門(肅靖門)の4つの大門であり、これらの城門の内側のエリアを示す場合にも使われる。つまり鍾路(종로)などの現在のソウル都心部を示す。(以下、範囲を示した地図)

漢陽都城の範囲
出典:ソウル特別市漢陽都城公式サイト

スンイルさん「前述のように学校の勉強以外にも色々と取り組む機会はあって、比較的自分のしたいことを見つける機会があったのですが、他の一般的な韓国の学生はどちらかといえば、”操り人形”というか、名門大学に進学するために親や社会から勉強ばかり強制されている感じで、自分の本当にしたいことを見つける機会があまりなく、それが後にも影響を与えている感じで….」

多田:確かに私も交換留学中、韓国の学生と授業を聞いていて思ったのは、個人の自由な考えというよりも社会的に望ましい正答を探しているような感じが若干していて、実際大学のテストとかも教授が言っていることをそのまま暗記して答えるようなものもあって、驚きましたね。それこそ聞いたのは韓国だと中学校の道徳の授業ではテストがあって、特定の答えが正答としてあって、それ以外は間違いみたいな…、このような点ももしかしたら、子供たちの自由な考え方に制限を与えているのかもしれないなと思いますね。

スンイルさん:「そういう問題もあるんですよね、それこそ道徳で示された”正しい答え”を書けなかったら”社会不適合者”のような感じもしてしまいますし… あとその子供たちの目標である名門大学に入るための入試にも問題があると思っていて、だから日本の総合型選抜のようなものを導入できたら、勉強一辺倒ではなく他の自分の興味があること、好きなことを見つけてくれる機会になるかなと思っています。」

多田:確か日本の総合型選抜や推薦入試に似たようなもので随時(수시)募集という入試区分が既にあったかと思うんですが、それはどのような点が日本の総合型選抜と異なるんですか?

スンイルさん:「あるにはあるのですが、当初の勉強一辺倒の競争が激化している状況を変えるためという目的に沿わないものになっているんです。現在の制度だとまず、スヌン(大学修学能力試験)の最低点数制限があって、特定の科目である程度の点数に達していないと足切りされます。加えて評価される活動は学校内の活動でないといけないため、例えば本人が映像制作が好きで、学校外の活動でコンペに出場して何かしらの賞を取ったとしても、学校内の活動ではないため、随時募集における評価に繋がらないんですよね。なのでそれよりスヌンの勉強をしたり、他の評価基準である学内の成績を良くするために注力する結果になってしまっていて、結局”自分の興味を深める”ということにならないんです。」

 

以上のように、多くの韓国の学生と異なり、自らが勉強一辺倒ではなく様々な経験をしたことから韓国の教育の問題点に関心を寄せるようになったそうです。その後、主体性を持って自分の好きなように学ぶことのできる慶應義塾大学のSFC(湘南藤沢キャンパス)のカリキュラムに惹かれて、入学することにし、前述した教育への問題意識に由来する活動のみならず、入学も様々な活動に取り組んでいるそうです。

実際の活動

多田:前述の問題意識から現在、活動していることはありますか?

スンイルさん:「SFCに進学した後、このSFCのような環境だと自然と主体的に学んで探求しながら、学びと人生を直接関連付けて、自分の興味を深められると思ったのでGYS(Get to know YourSelf)という団体を設立しました。実際にこの団体のプログラムで今年の6月18日から20日の間に韓国の高校生20名をSFCに招いて、大学の実際の雰囲気を体験しながら、参加者の積極性の向上や自分の目標や考えをを自由に表現することの重要性の理解醸成を図ろうとしました。」

スンイルさん:「その中で私が伝えたかったのは、”とりあえずやってみる”、”とりあえず聞いてみる”、”とりあえず行ってみる”の3つのアプローチで、少しでも興味を持ったら行動してみることで、従来の韓国の教育における”与えられた課題をこなすことに重点”を置かれたものから、自発的に”興味のあること”のために行動をするという姿勢に転換していけるように私自身の経験を交えて、その重要性を伝えました。」

GKSの活動での集合写真

このようにスンイルさんは未来の韓国を担う高校生などの若い層に、自らがSFCで学んだ経験や環境を体験する機会を与え、参加した学生たちの考え方や姿勢を変えていこうと努力されていました。このプログラムで実際に参加した学生たちが経験した考え方の変化についても8月に開かれる韓国日本教育学会で実際に発表する予定だそうです。

今後の展望

多田:これから将来に向けて取り組んでいきたいことや考えていることはありますか?

スンイルさん:「とりあえず、まずはこのGYSの活動を続けていくことで、一度兵役に行かないといけないのですが、その時期は後継者として同級生に引き継いでもらって、持続可能な活動体制を維持していくつもりです。」

スンイルさん:「大学を卒業したあとは、日本で学んだ教育理念を韓国に導入するために、韓国の大学院への進学を考えていて、たとえば教育大学院などで韓国の教育改革のための研究をしながら、同時に社会科の教員免許を取得するなど、多角的なアプローチで取り組めたらなと思います。」

今回のインタビューを通して、私自身も教育について深く考える機会になりましたし、私の専攻である社会学と関連付けて、社会関係資本や文化資本などの教育における影響についても深めていきたいと思いました。

インタビューにご協力いただいたスンイルさん、ありがとうございました。

インタビュアー&文責:多田太良

写真:本人提供

 

チェ・スンイルさん連絡先

E-mail: gidol04@keio.jp

Instagram: @wakuwaku_seungil

多田 太良