リ・タクコウさんは山東省済南市の高校では理系を選択していましたが、学部生の時に偶然日本語を専攻したことをきっかけに、もともと歴史が好きだったこともあって、現在は東大の大学院で日本の戦間期に関することを勉強しています。茶話日和の交流会等をきっかけとして、今回のインタビューに応じてくださることが決まりました。
インタビューは李さんの高校時代の話から始まります。
Q.高校はどんな学校に通われていたんですか?
A.山東省の済南にある高校に通っていました。進学校で、みんな大学受験を目指して必死に勉強していました。高3の時は夜に自習タイムがあって、20時半とか21時とかまで残って自習していましたね。今も高考(中国の大学入学試験の名称で、日本でいう大学入試共通テストのようなもの)を受験するための競争は白熱していますが、当時も受験勉強はとても大変でした。試験科目は数学と英語と国語の比重が高く、文系総合や理系総合は選択式でした。私は歴史が好きでしたが、政治と地理は好きではありませんでした。理系科目は、物理、生物、化学から成ります。今は私は文系科目のほうが好きなのですが、当時は理系科目を選択しました。なぜなら周りがみな理系を選択していたほか、文系は成績が良くない人が選んでいたからです。
Q.理系のほうが給料が多い仕事につけるのですか?
A.そうだと思います。さらに高校では理系を選択したほうが大学入学時に選択できる専攻が幅広いです。中国において理系の中で人気の専攻はIT系で、理由としてはIT系の仕事は給料が高いからです。また、留学する人が最近は増えており、私の時代以前は海外留学は珍しかったですが、今は珍しいことではないため市場における価値は低下しています。英語は高校では主要科目で、日本同様中国でもスピーキングは学校でそんなにやらないため、留学を考える学生は塾でTOEFLやIELTSの試験勉強をやるといった感じです。私も中学から高校時代は塾に通っていました。高校に行くには各市ごとの共通試験をパスしなければなりませんでした。中国の学校は基本公立で修士まで全国共通の試験があります。例えば私が所属している北京大学歴史学科を受験する際も、全国共通の修士試験が基本で、歴史学の科目のみ北京大学が作成したものでした。これは東大の院との違いだと思っていて、東大の場合だと東大の試験に合格しなければなりません。
修士を北京大学で取得された李さんに、北京大学での学生生活について聞いてみました。
Q.次に北京大についてもっとお聞きしたいです。図書館はどんな感じですか?
A.図書館は大きく、平日は22時半まで開いています。また、試験期間中は教室で徹夜が可能でした。そのほかには、古典建築が美しく、正門は東大の赤門のような感じで、卒業の際に学生たちはよくそこで写真を撮っています。また、中国ではすべての学生が寮に住み、1つの部屋に複数の学生、だいたい4人の学生が住んでいます。2段ベッド式で生活習慣の違いからけんかが起こることもあります。寮の費用は安く、年間8000元、日本円にして16万円くらいです。
Q.学生の特徴や講義スタイルについて教えてください。
A.学部では大教室での授業が多いですが、院生になるとゼミ形式の授業もあります。授業スタイルは学部では、先生が一方的にしゃべる授業が多いですが、院生になると討論形式の授業が増えます。
Q.次に、自由時間の過ごし方について教えてください。
A.野良猫に食べ物を送る協会などがあり、名前と性格を登録していました。日常の仕事としては、猫の食べ物を指定時間において離れるといったつまらない仕事です。そのほかには、日中友好サークルというものもあり、コロナで外国人が来られなかった頃は日本のゲームをやったり、あとは日本の大学との交流をオンラインでやったりしました。
Q.北京大と東大の学生の特徴の違いについて教えてください。
A.東大の学生の勉強時間は北京大の学生のそれと比べると少ないです。また不思議なのが、日本の学生の多くがマスクを着けていることです。中国ではコロナの時は強制的にマスクをつけなければならなかったのですが、今は多くの人が使っていません。
話は李さんの専攻へと移ります。中国出身の李さんが日本で日本史を研究するに至った背景にはどのような経緯があるのでしょうか。
Q.これからは、専攻について訊きたいと思います。専攻は日本史だとお伺いしましたが、そのようになった経緯を教えてください。
A.学部生のとき、日本語を専攻したのは偶然です。行きたかった専攻に点数が足りないから、代わりに日本語が専攻科目になりました。そして日本語を勉強するうちに、段々と面白くなっていって、その時は日本の漢字の使い方に非常に関心を持っていました。加えてもともと高校時代から歴史が好きだったのもあって、修士の段階ではどうしても歴史の研究がしたいと考えていました。ちょうど日本語も理解できるから、日本史をやろう、という感じで決まりました。
Q.研究では、特にどのようなことに焦点を当てていますか?
A. 私は特に、日本の戦間期について研究しています。大学3年生の頃、突然としてファシズムに興味を持ったのがきっかけです。まずは西洋のファシズムの本を読みました。そして日本のファシズムについても勉強したところ、日本のファシズムの研究は、西洋のファシズムの研究と平行していて、交差点がないようだと考えました。
日本と西洋は、同じファシズムという言葉を使っていても、誰もその関係性を解明していないのではないかと思います。非常に少数の学者はそういうことに関心を持っていますが、大部分の関心は他の場所にあるようです。
日本のファシズムと言われるようなモノのなかには、西洋のファシズムに反対する人と西洋のファシズムをモデルとして模倣する人も存在します。肯定する人、否定する人、両方いますね。両者は非常に違う思考様式を持っていますが、今までの研究には、こういう違いに注目している研究がないように思います。
私の研究は日本を舞台にファシズムを捉える、という言い方ができるかもしれません。
Q.現在の研究を踏まえて、思い描く将来像はありますか?
A.大きな話ですが、学者として働きたいと考えています。大学の教授になりたいです。どこで教授の職が得られるかによりますが、中国に戻ろうと思っています。中国には世界史を研究する人のなかでも、日本史の研究者が相対的に多いす。
Q 抽象的な質問になってしまいますが、中国で日本の歴史を勉強する、もしくは教授として教える意義についての考えを教えてください。
A.私は趣味で勉強していますから、社会的意義を考えたことはあまりないです。ですが知識を伝えれば、それだけで意義になると思います。
Q.留学生としての日本での経験もお聞きしたいです。東大に来てよかったことはありますか?
A.一番よかった点は、資料を入手しやすいことです。中国で日本史を勉強すると、資料の入手が難題になります。北京大の図書館以外に、別の図書館から資料を取り寄せることもありますし、中国国家図書館にも行きます。しかし中国国家図書館は、資料の大部分は貸出不可の場合が多いです。兎に角面倒です。東大の資料は貸出可能ですし、早く入手できます。
研究者が多いことも、よかったことです。自国の歴史ですから、日本には日本史の研究者が多いです。
理由はわかりませんが、私が所属しているゼミは、半数が中国人です。やはり母語で話すのは、日本語より簡単ですから、同じゼミの仲間に中国人がいるのもよかったです。
Q.日本で過ごしていて、カルチャーショックを受けたことはありますか?
A.実は、私は以前にも日本に来たことがあります。2017~2018の間に、大学の交換留学生として広島市立大に行きました。
まずカルチャーショックだったのは、日本人がよく靴を脱ぐことです。広島では寮に住んでいましたが、靴を脱いでから自分の部屋に入りました。ご飯屋さんでも靴を脱ぐ所があって、食べる時は正座をしました。正座はおそらく東アジアに共通のものだと思いますが、今の中国人は誰も食べる時に正座はしません。
Q.広島市立大学では、なにを学んでいましたか?
A.国際関係の授業をとっていました。その時は韓国語の授業もとっていました。日本語で韓国語を勉強するのはとても良いです。中国語は、韓国語と語順が違うのに比べて、日本語と韓国語は、語と語が対応していますし、助詞も文法も一緒ですから。
Q.生活面について聞きたいです。食生活はどうですか?
A.カルチャーショックとして、日本の弁当があります。日本では、どこのコンビニにいっても弁当があります。中国には、弁当のような概念がないです。
そして、日本人は非常にカレーが好きだという印象があります。カレーは日本の伝統の食品ではないですが、日本ではどこにでもある食べ物だと思います。
Q.インタビューも終わりに近くなってきました。最後にお伺いしたいこととして、これからも東大での研究は続くと思いますが、これからの展望をお聞かせください。
A.展望としては、はやく博士号を取得したいです。今が一年生なので、これから学年が上がると忙しくなると思うので、なるべく早く終わりたいですね。奨学金の申請ができなくて、親が支払ってくれていますから、早く博士課程を修了したいと思っています。
文化や学校生活、歴史などさまざまな形で東アジアに興味を持つサークルメンバーにとってそれぞれの学びがあり貴重なお話でした。
以下は取材メンバーの感想です
今回のインタビューでは、リ・タクコウさんのこれまでの人生についてお聞きすることができました。今までインタビューということをほとんどしたことがなく、また大学に入学するまで留学生とお話しする機会がほとんどなかった私にとって、今回のインタビューはとても新鮮な経験でした。今回は主に東京大学と北京大学の違いに関するお話が個人的には印象に残っていますが、こういった国際交流を通して今後も異文化について知ることができればと思いました。(藤原佳穂里)
日本で学ぶことのメリットについて、「資料を入手しやすく、研究者が多い」ことを挙げられていたのが印象的でした。言われてみれば、どこの国も、自国の歴史について他国の歴史に比べて研究が進むのは当たり前のことですが、指摘されるまで気がつきませんでした。現代は情報にアクセスしやすい時代だと思いますが、こうした物理的な弊害は残っていることを目の当たりにして、国を超えて相手を知ろうとすることに深い意義を感じました。(中村直)
今回のインタビューを取りまとめてくださった、弊団体メンバーの増田香凜さんにはここで感謝の気持ちを申し上げたいと思います。
ありがとうございました。