石塚大智〜分厚い経験〜

人を知る

もちろん有名な歴史的建造物や博物館などもとてもおもしろかったのだけれど、なにより街を見て歩くことが一番楽しかった。

初日の感想:におい、段差、バイク、車、信号、建物、空の色

要約:うわー楽しい。最高だ

高校二年次からコロナパンデミックの時代であったこともあってか、今回が私にとって初の海外であった。東京出身で大学も東京、国内でも遠くへの旅行はあまり行っていないため実は飛行機も初。離陸前の長い長いダンスに驚く。

2020年に高校の修学旅行で中国東北部を訪れる予定があったが、時代の流れで当然のことながら行けず、それから三年半経ってようやく中国へ、といった感じである。

8日間の日々にはあまりにも多くのことがあり、すべてが新しいことであったようにも感じる。今回はすごく個人的なことだけを書いてみる。また東京に帰ってきた今となってみてみると、それはどこか夢のような、というよりもどこか浮いているような出来事であったようにも感じる。

記憶はうすれ、東京での私の日常が私を覆っていき、そちらの方がより私のリアルになっていく。しかし実際南京での日々では、あのうるさいバイクの音が、ときどき訪れるスターアニスと肉の混ざったような香りが、なぜか宿舎の部屋のすぐ外にいつもいる猫が、小さな屋台風の店とその上にある顔をだいぶ頑張って上げないと見えないほど高く聳え立つビルが、いわば私にとって目の前にあるただ一つの、絶対の現実であった。

左は古い家々。右は政府が買い取った後のよう

遅ればせながら、簡単に言えば今回の研修は東京大学生一人、南京大学生二人でグループを組み、南京の街をフィールドワークするというものであった。話を聞く対象を決め、「聞き書き」する。

ただ南京に行き、歩きましたという話ではない。あくまでメンバー二人とめぐった南京なのである。共に話し、理解できない彼らの中国語での会話をきき、ときに説明してもらい助けてもらったりしながら歩いた南京なのである。

一人で歩いてみる時間もあったが、とにかくグループで歩くときとは気が付くものが違うことにけっこう驚かされる。予想以上のビルの高さとか、オレンジ色の制服を着て一人掃除をする人とか、おもちゃ屋さんで売っている不思議な商品たちとか、バイク一台一台に乗っている一人ひとりとか、道端の自転車置き場とか。一人で歩いてはじめてはっきりと気になるものも多い。

グループでめぐるときは、人間関係の世界にいる。そしてその向こう側に街がある。

中国語は基礎の基礎の基礎くらいしか分からない私は、ほぼ実際の聞き書きの実践の部分は南京大学メンバーに丸投げといった感じになってしまった。

日本での日本語でのインタビューでは、相手の話からつなげるようにして次の質問を、というように考えていたが、話の流れも何も分かったようなものではないなかでは、その場では本当にどうしようもない。

さらにそこで分からないのは意味と情報だけではない。そのしゃべりのアクセント、口調、そういったほとんどのヴァイブスや、その人特有の何か言い方や強調するポイント、そして何かを一緒に共有できたような笑いの一瞬、心を通わせた瞬間など、あらゆるものを経験できないのである。

聞き書きの対象は高岗里という古い地区にある小店のおじいさんだったのだが、最後におじいさんは私に「君はいい子だ」みたいに言ったようだ。私の考えてきたいくつかの質問を南京大メンバーが伝えてくれ、それに対するものだったらしい。後からグループの彼らに聞いて分かった。おじいさんは笑って握手をしてくれた。一緒に写真を撮って別れた。

このときの違和感は何とも不思議なものであった。話を聞く間、その現場にたしかに私はいた。椅子に座り、おじいさんは私の真横にいた。だがそこには、私のいない、私には分からない別の世界があったようだ。おじいさんはにっこりと笑ってくれているが、私には何が起こったのか分からない。

若干精神分析に絡めて言えば、南京での私は基本的に中国語言語世界に属していなかったのである。いわばある意味では私は「別世界」にいたのであり、それは「別の体験」であった。

日常生活においては、私たちは言語の世界と身体の世界とに同時に、交差するように属している。今回は、そこが分離するような体験であった。

そしてそれは、そのように言語的経験がないなかで、そこに存在するという経験であった。言語世界の流れは分からないが、しかしそこにいる。それはつまり身体とは何かというという問いであり、そこに身体「が」あるとはどういうことなのかという問いであった。


高岗里の通り

このような特殊な感覚を「言葉の壁」とまとめてしまうのはおかしい気もする。しかしずっと東京で生きてきた私にとって、本当の意味で言葉の壁というものにぶつかったのははじめてだった。

といったようなことを、研修中ルームメイトだった東大メンバーの一人ククウォンヒョンに話すと、「それはいつも俺が感じてることだよ」と。彼は韓国出身の留学生である。

ククの日本語は上手とかもはやそういったレベルの話ではなく、彼とは全くスムーズにいつも日本語でコミュニケーションを取れている。いやコミュニケーションを取れているというか、普通におしゃべりしている。

また彼はジョークスターで、私もジョークを言うのは好きなのだが、彼は「あえて重ねる」「あえてずらす」といったかたちの言語操作が私などよりもずっとうまく、彼とは同じような日本語言語世界にいるようにさえ感じていた。

それでも聞いてみると、彼の日本語学習歴は私の英語学習歴よりも短く、そもそも考えてみれば当然なのだが、おそらく私とは別の感覚で日本語と向き合っているであろう。

そういった彼から学ぶことは今回も非常に多く、たとえば私のグループとともに行動したときなどは、私のグループの南大日本語学科生にどんどん質問し仲良くなっていた。非ネイティブ同士のコミュニケーションである。これまでもこのようにして生きてきたのだろう。経験の差を実感する。

ただ振り返ってみると、私の運用できる外国語は英語だけなのだが、今回の研修で日本語でよりも英語での方がどんどん質問して話す、みたいなことができたような気もする。

いやどうだろうか。同時に、日本語だったらもっと言えるのに、とか、これを言いたい、これを伝えたい、でもどうすれば、咄嗟に言葉にならない、といったようなことも英語でのコミュニケーションにおいてそういえばたくさんあったなあ。

ククをはじめ、今回の研修では東大メンバーのなかでそれぞれが毎日経験したことを持ち寄って話す、という流れがあったなあと思った。グループごとコミュニケーションの取り方や関係性のあり方はいろいろであることも分かったし、普段とは別の場所に身を置いたそれぞれからこぼれる言葉を聞く時間、それもまた有意義な時間であった。


ダックの店。列ができていて人気店のよう

南京で生活するのと、東京で生活するのとでは、どこか心のあり方のようなものも違うようだ。東京の生活では、私は私の生まれ育った街に住み、慣れ親しんだ家、道、店、言語に囲まれている。そして私が住むのは住宅街であることもあり、比較的静か。

そういったなかで、何か下にくっついたような、何かくっつくものがあるような感覚で生きている。それは地に足がついたというのとは少し異なる気もする。

しかし南京の8日間ではまあなんというか違った。止めどなく数字をカウントする信号機、走り去る電気自動車たちのガソリン車とはまた違った音色、クラクションを鳴らして人混みを突っ走るバイク、地下鉄停車時の秩序的ではない混沌とした感じ、店名をきらきらさせた店たち、その上/向こう側にひかえる家々。止めどない感じ、大量のものが同時にさまざまに動き続けている感じがある。

それは旅行者の感じる浮遊感であるともいえる。もちろん、はじめて南京を訪れた者が持った、つかみきれない感覚に過ぎないともいえる。当然南京内の地区にもよるだろう。私が時間を過ごしたのは中心地が多かったのは確かである。東京の中心部にも同じような特徴はある。

また今考えてみれば、私が言語が分かっていないのが、その印象の大きな原因であるような気がする。東京での私は、言語の世界で制限されるようにして生きている。

ただそこには確実に街自体の差異があるように、少なくとも当時の私は感じた。はやい、ごちゃっとしている、止めどない。少なくとも南京で暮らすには、より動的に、気にせずに、やっていく必要があるように思えた。

より混沌とした街のなかで、人が雑に存在している、といえば良いだろうか。そのちょっと雑に存在している感じ。今回気になったポイントの一つである。

ゆっくりと歩く人、急いで通り過ぎる人、肉を売る人、おかしを売る人、バイクで走り去る人、見えないけれど家の中にいる人々、、、別にどれかに焦点化しなくてもいい、、、街のただなかにいて、街を見、感じることがとても刺激的だったし、何より楽しかった。

今回の研修はゼンショー、南京大学、東京大学、そしてそれぞれの先生方の多大なるご支援によるものでした。ありがとうございました。

ただ、何より私の8日間は同じグループの南大生二人のおかげです。

だいぶ取り留めなく書いてきたが、実は南京の街についてあまり書いていないですね。ですが、実際に行き、その場に身を置かないと分からないようにも思うので。


空から見た南京(紫峰大厦展望台より)

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平柳 智明