海洋ごみを瀬戸内海から紐とく

人を知る

本記事のインタビューの様子を、YouTube上で公開しています!ぜひご覧ください!

 

この度、茶話日和では「日中未来創発ワークショップ」という、日中両国の学生が日本と中国の未来におけるさまざまな協力の可能性について考える交流型のワークショッププログラムに参加しました。

ワークショップで講師として登壇された、塩入同さんは長年海洋ごみの研究を行われており、現在は日本財団海洋事業部のシニアオフィサーとして海洋ごみ対策で活躍されています。本記事では塩入さんが海洋研究に従事するに至ったライフヒストリ―・半生を辿り、海洋ごみへ抱く強い思いを聴かせていただきました。

ーー塩入同さんのご経歴
水産大学校卒業、佐賀大学大学院農学研究科修士課程(浅海干潟環境学専攻)を修了後、土木技術職員として神奈川県庁に勤務。2011年に海洋政策研究財団(現笹川平和財団の海洋政策研究所)の研究員となり、2014年に日本大学大学院理工学研究科(海洋建築工学専攻)で博士号を取得。現在、日本財団にて瀬戸内海の海洋ごみ問題を担当。
※水産大学校:現在は国立研究開発法人水産研究・教育機構の組織として、山口県下関市において、海洋生産や食品加工など水産業の専門から船舶職員となる海技士などの養成も行う大学のこと

海への関心

ーー水産大学校に進学なさった背景から教えていただけませんか。また海や水産・海洋へ関心を持たれた理由もお聞かせいただけるでしょうか。

そのことについて人に説明するため、あえて言葉で整理したことはなかったのですが、いま振返ってみると恐らく、何か大きな物体が好きだった、だからタンカーに乗ろうと思い、そんな進路を明確に描ける水産大学校の機関学科に入学しました。

ーー大きいものというのは、海洋研究では海を大きなものとして捉えられたのでしょうか。

いえ、じつは私が学生だった1990年代はちょうど環境をテーマとしたリオ地球サミットの開催や国連海洋法条約の発効など、海洋環境の重要性が話題となっていた時期で、大学の遠洋航海の寄港地であったオーストラリアなどでは、計画的に海を管理するという仕事があることを知り、同じ海でもそのような仕事に関心を持つようになりました。
しかし当時はまだ、そのような仕事が明確に定義されていなかったので、なるべくそれに近い活動ができるだろうと考えられる専門分野として土木を選びました。さらに砂浜で有名な湘南海岸の担当となり経験を積みたいとの思いから、神奈川県の土木技術職員となりました。

ーーちなみにご出身はどちらか教えていただけるでしょうか。

私は東京都の中野区出身です。

ーーそうなんですね!てっきり僕は海の近くのご出身かと思っていました。

インタビューは、海が見渡せる旧沼津御用邸で行われた

海と陸のつながり

ーーでは次に大学卒業後から社会人の時期について、移らせていただきます。一度神奈川県の県庁で技師として務められていたかと思いますが、その後どうして大学院に再び進学されたのでしょうか。

船の仕事から土木の仕事にシフトする前に、一度有明海の干潟の問題に取り組んだことがありました。それは水の流れと土木、そして生物についてすべての話を扱いたいと思ったからです。日本で一番砂浜の有名な場所が、神奈川の湘南だということで自分の将来へ有利になると考えて神奈川県庁に務めることにしました。ただ仕事ばかりしていてはより大きな活動につながらないという思いもあり、その後博士課程に進学しました。

ーーでは博士課程での研究分野である海洋建築というのは、先ほどおっしゃっていたような土木への関心から専攻されたということでよろしいでしょうか。

この問題(砂浜・海岸)に最も関心を持たれていた先生が、日本大学にいらして、その先生の研究や取り組みについて一番近くで学びたいと思ったんですね。というのも海の問題は、相手とどのように調整するかで決まっていくという特徴があります。

陸上で普段生活している私たちは、法律やルールなどがすべて決められているので特に気にならないのですが、これが海に一歩出てみると全く何も決められておらず、自分たちで一つひとつ問題に向き合って解決していかなければならないという世界が広がっています。そこで当事者間で問題に向き合うということを学ぶためにも、行政に就職してまずは陸上の法律をカバーしたうえで、海の問題に向き合いたいと思いこのような経歴に進みました。

ーー日本財団や笹川平和財団海洋政策研究所に所属されることとなったかと思いますが、どのような経緯でそちらの研究所に入られたのでしょうか。

転職した大きな理由は、陸上のルールの問題と海のルールの問題のコンフリクト(衝突)を研究して実践活動まで行っているところがここしかなかったというのがあります。

ーー前職の県庁では陸か海かを分けて考えることが多いのでしょうか?

たとえ湘南であったとしても、陸のことを前提にして海の問題を考えなければいけませんでした。しかし実際に海に出てみるとほんの12海里沖合に出れば、そこはすでに公海であり国際社会になるんです。つまり私たちに今見えている所から外国は始まっているということなんです。ここでは行政職員という立場では受け止めきれない問題もあり、職場を変えようと思いました。

ーー先生の昨今の海洋研究について、研究のやりがい・情熱はどのようなところに感じられているのでしょうか。

今この問題を専門として、更に問題解決できる人材が非常に少ないのが現状なので、やればやるだけ成果が得られるということはやりがいがある点であり、逆にいくらやっても仕事が終わらないという点は難しい点でもあります。

一方で昨今海の問題に関心が集まり「海洋ごみ」のようにクローズアップされることで、これらの問題を乗り越えないと次の世代にバトンタッチできないんだということが、社会全体に理解されるようになってきましたので、是非これ(今回のワークショップ)を機会に海洋ごみだけではなく、他の問題にも関心を持っていただけると嬉しいです。

沼津の砂浜で拾われた海洋ゴミ

瀬戸内海から海ごみをゼロへ

ーーでは最近塩入先生が取り組まれているプロジェクトについて伺いたいと思います。瀬戸内海で先生が現在指揮をとられている「オーシャンズX」のプロジェクトについて、現状どれくらいの成果を先生は感じていらっしゃるでしょうか。
※「オーシャンズX」:瀬戸内海を舞台に海洋ごみ問題の解決に向けて、自治体・企業・研究者などが分野横断的に協力し解決策の実践研究を行うプロジェクトのこと。瀬戸内海に面する4県(岡山県・広島県・香川県・愛媛県)と日本財団が協定を結び、プロジェクトを進行中。

この計画自体は5年計画で進んでいるのですが、これまで予想以上に上手くいっていて計画通りに進んでいるという印象ですね。今後もこの調子で当初の目標を達成できればと期待しています。

ーーそのプロジェクトの一環で自分が特に興味を引かれたのは、コンビニエンスストアなどに設置されている、ポイント還元型のペットボトル回収機の設置です。より私たちの日常生活に寄り添った取り組みだと感じました。
というのも、海洋ごみの問題は、私たち一般人からしたらどうしても関わりが薄く、対策への意識改革が進まないと思います。しかし、ペットボトル回収機のような、より生活に近くポイント還元といったインセンティブも与えることで、一般人の協力につながると考えました。
そこで一般人の協力を促すにはどうすればよいでしょうか。

海洋問題は経済活動を行うすべての人に関係があるので、様々な形での関係構築ができると考えております。ペットボトルの回収機は、小さいお子さんから大人まで利用でき、さらには子供が親を連れて回収機に捨てに行きたいというようなこともあるかと思います。それが循環型社会の入り口になっているということを理解できると、その次にどのようなものに使われているのか、どうやって生活に戻ってくるのかということを考えるきっかけになると思います。

またオーシャンズXでは、川や海に散乱したゴミの中でも、上陸船や仮設桟橋などの専門機材を使わないと行けないような、アクセスが困難な場所まで行って、漂着したポイ捨てゴミを集める活動に、地元の知事や市長にも来てもらい、それまで行政だけでは縦割りがあるため対応できないと、見て見ぬふりをされてきた問題が、いったいどのような問題があり、どのような課題が内在しているかを分かってもらえるような活動にも取り組んでいいます。市民から行政、企業経営者まで、海洋ごみ問題を自分事として捉え、問題に向き合わざるを得なくなるような動きを作り出しています。。

ーー世界には日本とは価値観の異なる国々がたくさんあると思いますが、そのような国々と海洋ごみ問題を共有し、解決に向けて協力することは可能でしょうか。また、様々な考えを持つ国との関係があるなかで日本人ができることとは何でしょうか。

例えば、日本のコンビニエンスストアが東南アジアやアメリカなど文化の異なる国にも進出していて、良い点も悪い点も含めて日本の消費文化が外国の文化に受容され融合されている例だと思います。しかし、そのようにお互いに共通する面から協力の糸口を探るという方法もあるのではないかと考えています。

つまり企業経営と、経済活動と海洋ごみ対策を上手く結びつけることですね。それから、日本という国はまだそれなりの経済規模がある国ですので、そこでの成功事例は他の国にも波及していくだろうと期待しています。

ーー海洋ごみの問題解決策を一言で言うと何でしょうか。

海にごみをこれ以上出さない、そして出したものは回収する、海という世界の共有財産、瀬戸内海を預かる日本として責任を果たしていく、それに尽きます。

 

ーー先生は海洋研究のやりがい・楽しさはどのようなところに感じられているのでしょうか。

今この問題を専門として、更に問題解決できる人材が非常に少ないのが現状なので、やればやるだけ成果が得られるということは、やりがいがある点であり、逆にいくらやっても仕事が終わらないという点は難しい点でもあります。
一方で、昨今海の問題に関心が集まり「海洋ごみ」のようにクローズアップされることで、これらの問題を乗り越えないと次の世代にバトンタッチできないんだということが、社会全体に理解されるようになってきましたので、是非これ(今回のワークショップ)を機会に海洋ごみだけではなく、他の問題にも関心を持っていただけると嬉しいです。

またやはりこれまでの研究で分かっていることでも、さらに踏み込んでやってみる、実際に解決をやってみる、そうすることで新たに見えてくることがある点ですね。そういった姿勢がこれまでの研究者に足りていなかったことだと思います。私はこの海洋ごみ問題は努力すれば、それほど解決に時間がかからないと思っております。そしてその成功体験を持って、海洋ごみ以外の難しい環境問題へのブレイクスルーも始まると期待しています。

ーー理論で終わらずに実践にまで持ち込むという姿勢で挑まれているんですね。ありがとうございました!

 

編集後記

今回、塩入先生にインタビューさせていただくということで事前にどのような方か、経歴などから勝手ながら想像していましたが、実際にお話を聞いて自分の想像が次々と覆されました。海に限らず、土木を含めた大きな構造物への関心から、この領域の研究に入られた塩入先生ですが、海洋ごみの問題に対して理論から実践へつながるような取り組みをされているということで、「オーシャンズX」の成功がお話や登壇時の講義からも伺えました。私は瀬戸内海地域の出身者ではありますが、これまで海洋ごみの問題を体感したことはほとんどなく、むしろ地元は綺麗な海岸だったので、今回のワークショップはある意味衝撃的でありました。この衝撃や塩入先生のお話を少しでも他の人に共有できればと思います。

qing liu