2月18、19日に公益財団法人笹川平和財団様主催のもと開催された「日中未来創発ワークショップin東京」の取材に行ってきました。このワークショップでは日中両国の学生同士の交流や講師の講演、フィールドワークを通して若者の視点から10年後にどのような日中の未来を実現したいかを深く考えました。今回は取材だけではなく、私たち茶話日和のメンバー3人も活動に参加させていただきとても有意義な時間を過ごしてきました。
以下が2日間のタイムスケジュールです。
1日目
午前
日中両国で活躍されている講師による基調講演
(山下智博氏、劉セイラ氏、于智𤔡氏)
午後
都内フィールドワーク
2日目
午前
于智𤔡氏への単独取材
午後
ディスカッション&発表会
この記事では講師の于智𤔡氏とフィールドワークで随行取材させていただいた日本人学生の宮本さん、中国人学生の劉さんに焦点を当てながらワークショップの成果をみなさんにお伝えします。
2日間にわたって行われた、笹川平和財団主催の日中未来創発ワークショップin東京「私たちが実現したい『未来の⽣活』」。1日目の講演者の一人であった于智爲さんに私たちはその2日目にお話をうかがった。
ワークショップのパンフレットに書かれた于智爲さんのプロフィールは以下のよう。
于智爲(企業家、プロジェクトマネージャー)
中国清華大学博士課程卒。独学で日本語を学ぶ。日中間のソフトウェア開発、ゲーム制作、日本人タレントを起用した中国国内イベント、ウェブPR動画制作など豊富な経験を持つ。
私たちはまず、今回のワークショップ参加のきっかけからうかがった。
于 笹川日中友好基金の尾形さん(編者注:尾形慶祐さん)とは、彼が北京にいた時代からの知り合いなんです。最初は2005、6年、彼が前職の会社で北京で働いていて、私は大学院生で、共通の友人がいてそれで紹介されました。尾形さんのオフィスに遊びに行ったりとか、私がときどき東京に来たらみんなで新宿でご飯食べたりとか、そういう感じでした。これまでも日中の交流イベントを北京でいっしょにやったりしていて、ずっと連絡は取っていたんですね。それで、今東京ではこういうことをやってるんですよと誘われて、じゃあ一緒にやりましょうという話になりました。
──日本語がとてもお上手ですが、独学で勉強されたと。
于 アニメが好きだから、観てて情報の吸収が早かったというのがあると思います。1981年生まれなんですけど90年代の後半に日本のコンテンツ、アニメとかが好きになって今に至ったんです。最初は中国語の字幕、途中から日本語の字幕で観るようになって、今はもう作業しながら流しっぱなしにしたりしています。
あとは表現の部分ですよね。昔、大学時代、うちの大学にも150名ぐらい日本人の留学生がいて、定期的に交流会があったんです。それで友達ができて、彼らの寮に遊びに行ってニコニコ動画をみんなと一緒に観たりしていました。でも当時まだ回線が遅く、しかも日本のサイトなので、開くまでちょっと待ちます。なのでそのあいだにちょっとおしゃべりしたりするんです。中国人が私ともう一人いるかいないかで他もう五、六人みんな日本人なので、そういう環境だとやっぱりしゃべれるようになるんですね。「てにをはの」部分とかは外国人からみるとかなり難しいので、しゃべって、そういうところを訂正されて、挫折して、進歩するっていう繰り返しでした。やっぱりどんどんそういうところに突っ込んでいって、強くなるっていうのが大事なんですね。人の言葉を聞いて真似をするのが最適だと思います。
──日本のアニメは当時どのような感じでしたか?
于 1980年代くらいから中国に入ってきましたね。最初は鉄腕アトム、一休さんとかでした。90年代に入ってバリエーションが広がっていきました。95年あたりでインターネットがはじまって、いろいろ情報が入ってくるようになり、2003年ぐらいから自分の大学だとLANケーブルが通り、ネットでいろんな映像もダウンロードできるようになりました。
2011年からは正規のルートで入手できるようになりました。でも最初は動画配信サイトにファンが勝手にアップしてみんなに共有していました。あとはファンサブって言うんですけど、たとえば30分番組を五人で翻訳して、一人が全員の口調を統一させたりとかしていました。放送された30分後に中国で字幕がつけられたものが流れたりしていました。早いですね。あとは字幕だけじゃなくて注釈をちゃんと入れたりもしていました。
──やはりインターネットで大きく変わっていったのですね。80年代以前はどうでしたか?
于 私は81年生まれなので70年代は遠すぎるのですが、80年代の改革開放の前までは海外の情報はあまり入りませんでした。海外の情報といえば、CCTVの30分のニュースの最後の5分間の国際情勢の報道ぐらいでした。だいたいどこどこで戦争があったとか、アフリカで難民が、みたいな悪いことしかやらなかったので、やっぱり海外は危ないなという感じでした。他には口コミしかなかったので、海外がどうなのかというのは誰も分かりませんでした。
──ワークショップ1日目を終えての感想や手ごたえは何かありますか?
于 中国人向けのみ、日本人向けのみのイベントの経験はあって、日中の学生の交流会も北京で一度やったことはあるのですが、今回みたいにワークショップを2日間かけてやるのははじめてでした。はじめて日本に来る学生も少なくないですし、すごく良い刺激になると思います。
山下さん(編者注:山下智博さん)みたいな人ってリアルには会えない人なので、たとえば山下さんが口開けた瞬間からみんなおーってなるんですよね。今インターネットでは情報があふれていて、すぐに検索できますが、やはり生身の人間を見るっていうのがかなり大事だと思います。中国人と日本人がけっこう長い時間、一緒にいて同じ目標に向けて努力するのがこれまでの機会では少なかったので、やってよかったなと思っています。
インターネットでは再生数のため、稼ぐために情報を配信する人もいるので、インターネットの情報ばかり見ていると、イメージが歪んできます。だから生身の人間と会って、別に全部いいなあとかでなくてもいいので、普通の人間と出会って交流するのが、その国を理解するとかそのカルチャーを理解するには最適かなと思いますね。
──日中の現在についてはどのようにお考えですか?
于 私がアニメを好きになった90年代には、そんなに日本の情報はありませんでしたし、日本料理屋さんも北京にそんなにありませんでした。でも今はほぼリアルタイムで日本のカルチャー、アイドルとかアニメ、映画、歴史などがスムーズに中国に入れるようになっていますし、居酒屋やラーメン屋も北京に浸透してきています。
中国から日本に来てアニメーターや声優になろうとする人もいますし、逆に日本の方も、日本にいながら中国に発信したり、中国での生活をブログに書いたりBilibiliにアップしたりしています。また流行りの中国トレンドが日本にも入ってきたりしていて、かなりお互いの移動とか理解が進んできていると思います。
──今回のワークショップのテーマが、「私たちが実現したい『未来の生活』」ということですが、于さんが描く日本と中国の未来の姿、どういう理想の姿がありますか?
于 日中間はこれまで戦争だったり政治だったりとかはいろいろありました。でも中国の文化も日本に浸透してきてどんどん融合していって、未来はもっと民間の人たちの間の距離が縮んでいくような感じになると思います。具体的にどこまで何があるかというのは見えない部分がありますが、もっとこうお互いが分かり合えることになるんじゃないかなと。
──そのような未来のために、どういった役割を果たしていきたいなどの意気込みはありますか?
于 自分の時代だと英語を勉強して海外に留学して、海外で仕事して海外で住むみたいなのが憧れとしてありました。でも日本もそうなんですが、中国も豊かになって、旅行では海外に行くし、海外に中国人は多くなったんですけど、仕事で行かなくていいんじゃないかみたいになっています。海外で頑張っている人が減っている、チャレンジャーではなくなったなというのは危惧している部分はあって。そうなると見える世界が限られてしまい、新しいものが生み出せなくなるかなと思います。
なので、私はインターネットで発信はしていないのですが、友達レベル、仕事レベルで、面白い日本を中国から来た人に、面白い中国を日本から来た人に紹介したい。ちょっとディープなところに連れて行って解説をしたり、あとは中国のすごい内地でイベントをやったこともあります。身近なところでお互いの国の魅力を伝えられたらなと思っています。
──ご自身のお仕事のスキルを日中の交流に役立てていこうというのは考えていますか?
于 Webや映像を作ったり、あとはたとえばゲームの解説動画を企画して作るなどのゲーム会社のサポートをやっているので、こういった交流イベントにもそのノウハウを生かそうかなと思っています。あくまでたとえばですけど、今回のようなイベントで、ドキュメンタリー風にイベントの映像を作って、声優さんの声をあてたりナレーターを入れたりして、それをYoutubeやBilibiliなどの配信サイトにアップしていったらいいかなと思います。
文字より映像の時代になっていますし、インターネットでは、好きでも嫌いでもない、分かんないなっていう状態の人、そういう人が世の中では多いと思うんですが、そういう人を巻き込んでいけると思います。なので今後のこういった交流も、オフラインとオンラインをつなげたようなものにできるといいかなと思います。
于氏のインタビュー記事はここまでです。後半の劉さんと宮本さんのインタビューはこちらをご覧ください。
取材:平柳智明、石塚大智
取材協力:笹川日中友好基金様、于氏
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